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システム視点、アーキテクト思考

研究室時代の専攻が「複雑系」であったことがぼくの人生にきっと影響していて、物事を「系」として捉えようとする癖がある。

幼い頃は、自分が系の一部であるとか、そんなことは考えもしなかったから、「自分」と、それからせいぜい「自分が作用する相手」の2点くらいでしか捉えていなかったと思う。

たとえば、食べ物を無料でふるまってくれる飲食店があるとしよう。昔のぼくなら「えっ、無料なの?ラッキー!」と、自分自身の利得のみを考えてなんの疑いも持たずにその利得を頬張ったことだろう。

今のぼくなら、もうちょっと系のことに意識を向ける。なぜ無料なのか。それは継続できる仕組みなのか。自分がその利得に手を伸ばすことで失うものはなにか。生じるリスクはないか。

ぼくがちょいちょい参照する、大事にしているお話。


手に握っている邪魔な空き缶は、適当に見つけた自転車のカゴにポーンとしてやれば消えてなくなるけれど、その先には何が待っているのか。自転車の持ち主の怒りは、どこへ向かい、何を起こすのか。世界の悲しみを増やす方向に自分が行動して、この世界に何かいいことはあるのか。悲しみと憎しみのバタフライはどの空を舞い、誰の上に毒の鱗粉を降らすのか。

この世界には「構造」がある。中には、不幸な構造もあれば、とびきりハッピーな構造もある。関わる人すべてがハッピーになるような構造を見つけたい、つくりたい、育てたい。