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偏食

ぼくの人付き合いは、偏食かもしれないと思う。

先日、珍しく山手線の終電に乗った。25時に新宿を出発して、品川まで行くやつだ。まあ、そのときの体験がひどかった。

電車の床で寝ちゃう人がいた。駅員さんに電車に投げ込まれて車内を転がる人がいた。駅員さんに電車に押し込まれたあと、ドアが閉まって発車したあとの車内で「降ろせ!!」と声をあげる人がいた。終着の品川駅に着いたとき、とても目を覚ましそうにない乗客が何人もいた。

ぼくはその情景を「地獄っぽい」と感じた。

駅員さんは、毎日こんな景色を見ているのか。自分だったら、1週間もそんな日々が続いたら逃げ出したくなるだろうと思った。お話の通じない人を相手にするだなんて、絶対にやりたくないことだ。自分の人生にプラスがなさすぎる。

よくあるフレーズとしての「仕事ってのは大変なものだ」みたいなやつ、話半分に聞いてきたところがある。でも、あの終電の時間帯にお仕事している駅員さんは、本当に大変だと思う。仕事ってのは大変なものだと思った。

ぼくは、そういう理不尽な想いをしないで済むように、かなり手前で回避していると思う。関わりたくないようなものに関わらずに済むように、かなり慎重に未来を取捨選択している。また、取捨選択できるよう、自分の日々を自分自身でコントロールできるように、自分の手に余る力に翻弄されないように、慎重に歩を進めている。なんかの都合で「次から君の勤務地はここだから」みたいなの、自分の人生なのにそんなのイヤだなって思う。

結果、接したい人とだけ接して、関わりたいプロジェクトにだけ関わって、偏食になっているかもしれない。いいことなのかわるいことなのかは、わからない。