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理系の「ごめん」

自分が理系かどうかなんてわからないし、知ったところで何がどう変わるでもないと思っているのだけれど。ぞぉいさんが描く「理系男子」には、なんだか共感してしまうことが多いのだな。

ぼくも、けっこう、こういう「ごめん」の言い方をする。「今の気持ち」と「今後の改善」は明確にわけたい。こういうことを面と向かって言うと嫌な顔をされそうだから、場面を選んで言ったり言わなかったりするけどね。

続いて、ぼくの大好きなジン=フリークスの言葉も引用しよう。

「ごめん」って言うときは、自分の中に「変えた方がよいもの」があって、これからそれを変えていくという約束を含んでいる。と思っている。逆に言えば、自分にはなにもできない状況で「ごめん」って言うのは傲慢だとも感じているのだ。その場しのぎの「ごめん」は、あんまり言いたくないな。

「心苦しい」とか「申し訳ない」って感じる心があることと、自分が「ごめん」って言わなきゃいけない状況は、ちがう。

たとえば、待ち合わせ場所にくる途中で、相手が、少し雨に打たれて寒そうにしていれば、ぼくは「心苦しい」と感じるけれど、ここでは「ごめん」って言わない。「次からは、待ち合わせの日は雨を降らせないようにするね」って約束はできないからだ。そのあとで、寒そうにしていることに気遣いができなかったりしたら、それは「ごめん」って言うかもしれない。「寒そうにしているのはわかっていたから、冷たいものじゃなく、温かいものにすればよかったね、ごめん」は言うことがありそう。