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Dream Fighter

色んな人たちや、色んな手法たちが、色んな言葉たちを通して、とにもかくにも「思考停止するな」と警鐘を鳴らし続けている。

最近また、本を読んだり先人の知恵に触れる機会を増やしているけれど、表現は違えど「思考停止するな」と言われているように感じることが増えてきた。

これはきっと、人間は、油断すると思考停止してしまう性質を備えているってことなのだと思う。気を付けていないと危ないので、だから、みんな、気を付けようぜって、お互いに言い合っている感じだ。

考え続けるのは大変だ。しばしば「これは正しい?」と、自分の思考の外側にコタエを求めてしまいそうになる。でもやっぱり「君はもう考えなくていいから」と言われたらギョッとするし、不安にもなるし、いわゆる「常識!」みたいなものに、好き嫌いをこえて「危惧」すら感じるのは、ぼくがなにより「自分自身の思考が止まってしまうこと」を恐れているからだと思う。思考の止まっている状態は、やがて訪れる死を待っているだけの状態なんじゃないかと思う。

思考を外部に委ねるのが「信仰」なのかもしれない。宗教のことは詳しくないくせに、みんなが一斉に同じような行動を取っている事象に驚いたときに「宗教っぽい」と言ったり、ある種の危機感を覚えるのは、こういった感覚に依るものかもしれない。このへんの言葉はあまり詳しくないので、深い言及はできない。

思考を続けたい。思考を行動に反映させて生き延びたい。現状を疑うことのできる技術と、そのときに発生するかもしれない衝撃に耐えられる精神を、身に付けたい。