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給油ポイント

何人かの後輩たちが、同時多発的に「もっとつくりたい。つくりきれずに終わっちゃうの悔しい。続かない自分はダメだ」というニュアンスを含む文章を発信しているのを見かけて、おじさんの視点から個人のポエムレベルのことを書く。

まず前提。モチベーションは、有限の資源である。

自由に使える時間が100時間あっても、その100時間すべてを作業に注ぎ込むことはできない。なぜなら、途中でごはんを食べたり睡眠を取ったりするからだ。これは「体力」のお話。体力は使うと減る。減ったら回復させなきゃいけない。じゃあ、100時間から、体力回復のための時間を引いた分すべてが、作業にあてられる時間になるか。んで、体力と同じように「モチベーション」ってのも減る。減ったら回復させなきゃいけない。「なんか気分が乗らなくて作業に入れなかった」という経験はあるんじゃないかな。というわけで、自由に使える時間が100時間あっても、その中できちんと作業に集中できる時間というのは、だいぶ少なくなってくるはずだ。

「つくろうと思ったものを最後までつくりきることができなくて、自分はダメだ」というお話は精神論だ。これを精神的に解決しようと思ったら、精神を鍛錬しましょう、強い気持ちでいましょう、自衛隊に入って厳しい訓練を受けましょう、みたいになるかもしれないけれど、ぼくはそういうお話をしたくないので、そういう展開の枝は切って落とすことにする。今回はね。

続いて、戦術論。「最後までつくりきることができない」場合の多くは、つくろうとしているものが大きすぎるのではないか、と思う。数年前の自分を思い返してみてそう思う。だったら、ワンストロークで完成させられる大きさでつくってみるのはどうか。水泳のたとえで言えば、息継ぎなしで泳げるところまで。ドライブのたとえで言えば、給油なしで行けるところまで。ものづくりにも息継ぎや給油に近いものがあって、それはフィードバックだ。フィードバックなしで走り続けるのは、めっちょつらい。たぶん本当に精神を鍛えないと厳しくて、ぼくにはむつかしいだろうなってよく思う。だからぼくは、自分のなけなしの集中力を維持できる時間はそう長くはないってことを認めて、その時間内で、どうやって回復ポイントまでたどりつこうか、と考える。

ウェブサイト、手元でつくっていたときは「まぁ、こんなもんかな」と一定の満足を得て、でも実際に公開したら「あっ、OGP の設定が変だ」とか気付いて急いで直したくなったり、見てくれた誰かからなんらかの指摘を受けて「直しました!!!ご連絡ありがとうございます!!!」って急いでお返事したりする。こういうときのモチベーションってすごくて、自分の成果物が望まぬ形で世に晒されているとなると、他の作業を投げ捨ててでもこっちの対応に取り組めたりする。

ポエムまとめ。

つくりたいものを完成させられないの、精神が弱いせいかもしれない。けど、もしかしたら、ただ大きすぎるものをつくろうとしてしまっているのかもしれない。後者だったら、精神修行を経ずに、戦術で回避できる可能性がある。モチベーションは有限。一時的になくなることもある。なくなったらそのターンはもう行動できない。でも回復の方法がある。どうやったら回復するか、湧き出てくるか、人それぞれかもしれない。小さくつくって公開するのもいいと思う。成果発表時間付きのハッカソンに参加して「進捗ダメですって言いたくない」っていう自尊心をモチベーションとして給油タンクに注いでもいいかもしれない。

「自分はダメだ」みたいに言うの、一見して意識が高そうに見えるけれど、まぁ楽だし、ただ、本当に状況をよくしたいんだったら、精神修行場に通いはじめるか、精神論以外の改善案を考えないと、個人のポエムを世に出して、日本をポエム大国として発展させる道を進むことになる。設計が落ち着かなくて作業が進まないんだったら、それは技術力の問題だし、時間をうまく確保できないんだったらスケジューリング能力の問題だし、多くの場合は精神力の問題じゃない気がしてきた。なんでもかんでも区別なく精神のせいにしたら、精神がかわいそうだ。いま「せいしん」って変換しようとしたら最後の一文字を打ち損じたまま変換キーを叩いてしまって、精神がかわいそうな人になった。