読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

想像力と、人間としての幅

7月、お仕事のソフトウェア開発について、利用者のペルソナを作成していて、これがけっこう体力を使う作業であるとわかった。本格的にペルソナを考えるのは初めてなので、不慣れなせいで無駄に体力を消耗している、って面もあると思う。

しかも今回は複数人のペルソナを作っていて、油断すると、自分が担当するペルソナ同士が似てきちゃって、それだとよいペルソナにならないから、意図的に幅広くいろんな人格を仮定していく必要があった。最終的には、仮作成したペルソナに近い立場にいるであろう人にインタビューさせてもらって、完成度を上げていくからよいのだけれど、叩き台を作る段階で、これはなかなか想像力を求められる作業だな、と思った。

具体的には、今回のペルソナの項目に「よく使うスマートフォンアプリ」ってのがあってね、ざっくりと「LINE、Instagram、…」とか書いていくんだけどさ、当然のことながら自分が知らないアプリは挙がってこないのよね。これは厳しいぜ〜と思って、身の回りの人に「ホーム画面のスクリーンショットください!」とお願いしてみたら40人分くらいが集まって、やっぱり知らないアプリも山ほど目にすることになって、自分の想像力なんてものはたかが知れてるな、と再認識できたのが収穫だった。自分の頭だけで考えちゃだめ。自分の頭だけで考えて利用者のことをわかった気になっちゃだめ。自分の頭だけで考えてソフトウェアをつくっちゃだめ。いろんな人たちが、いろんな生活をしている、当たり前のそのことにどれだけ目を向けられるか、実際に向き合えるか。

そんなことを考えながら週末を向かえて、いくつか漫画を読んでいて、漫画家さんの想像力ってすごいなあ、と思った。自分で取り組んでみて「これ難しいな」と感じてから、それをやってのけている人を見るとあらためて「すごい」と気付かされるパターン。

田辺イエロウ先生の「BIRDMEN」というエントリを書いたときには電子書籍化していなかった「BIRDMEN」、紙の本が5巻まで出たところで、4巻までが Kindle ストアにも登場してくれた。即買い。そんで、この漫画の3巻で主人公たちがファミレスに行くシーンがあって、そこでの、各人が注文するメニューと食べ方が、各人の個性をよく映していると思うし、この場で描かれる6人はちゃんと別々の人間であることがわかって、とても上手にキャラが設定されていると感じた。

他には、「惨殺半島赤目村」の秋奈さんとか、「君に届け」のピンとか、作中ですごくかっこいいことを言うのだけれど、これがどこから生じるものなのだろうかと興味がある。

それらのキャラクタの生みの親である漫画家さんの考えを反映して、そういった台詞が出るものなのか。それとも、漫画家さんはそういう考えは持っていないけれど、身近にそういった考えを持っている人がいて、そこから台詞が引き出されているのか。いずれにせよ、自身に深い造詣があったり、まわりの人との深い付き合いがあったりしないと、魅力的なキャラクタが生まれてこないように思う。

人間としての幅が狭いと、漫画家さんや小説家さんなんかは、作品の幅を狭めてしまうことにもなるのかな。他人事のように書いてしまったが、これはソフトウェア開発に従事する我々にとっても直面すべき問題なのだろうよ。