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ネオホストとネオ問題

最近、ネオホストと呼ばれる人種が存在することを知り、また、そのネオホストと旧ホストとの間には「ネオ問題」と呼ばれる確執があるということも知った。

ぼくらが「ホスト」ときいてイメージする、黒スーツに黒シャツでバシッとキメた、いわゆる「ホスト (旧ホスト)」に対し、もっとカジュアルな格好でカジュアルにお客さんと接するようなホストが、ネオホストなんだとか。ちゃんと理解できているかわからないけれど、そんな認識でいる。旧ホストは、ネオホストに対して「あいつらはチャラチャラしていて、ホストとしてなっていない、あんなのはホストじゃない」といった旨のことを言っている。

ぼくはプログラマなので、自分の業界における「旧プログラマ」と「ネオプログラマ」みたいな構図はあるだろうか、と考えた。

「ネオプログラマ、あいつらはちゃらちゃらしていて、◯◯◯(適当なプログラミング言語の名前を入れてみよう)も書けずに高級言語から入っているようなゆとりだから、ぜんぜん使い物にならない」──そういう言説ってあるのだろうか。自分はあんまり聞かない。自分の身近なところでは、どっちかというと「若い子はすごいねぇ、おじさんたちもしっかり新しい技術についていかないと死んでしまうね」という雰囲気かと思う。

客観的な評価、たとえば「より高速に動作する」「より短いコードで表現できる」みたいなものがあれば、それを若い人が書いていようが、老いた人が書いていようが、ちゃんと評価されやすくて、不要な確執を生まずに済むと思う。ホストの皆々様におかれましても、単純にどっちがお客さんに喜ばれているかで評価すればよい、というふうにはならないのかなあ。

「ネオホストがシャンパンコールに参加しない、店全体で盛り上がるシーンなのに我関せずの態度」という問題があるらしい。これは、ネオプログラマがコーディング規約を無視しちゃう、みたいな問題と置き換えて捉えることができるかもしれない。そこの現場で培われた規約を無視して「こっちのが方がモダンですから、自分はこっちで書きます、みなさんがそっちで書くのは止めません」とか、そういう感じかもしれない。

あるところから先は「好みの問題」になっていく気がするから、そうなったらもう、水槽を分けるのがお互いにとってハッピーでしょう、と思う。旧ホストは旧ホストの集まるお店で、ネオホストはネオホストの集まるお店で、それぞれ働けばいいんじゃないかなあ。それで、充分な売り上げが立たない方、つまり、社会の需要がない方は、自然に淘汰されてしまうだろうし、旧ホストが本当に「旧」なのかどうかは、本人たちでもネオホストでもなく、社会が決めることになると思う。

雪印 ネオソフト 160g

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