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リアリティの在処

フィクション、あるいは、フィクションみたいなノンフィクションについて。そういったフィクションに、現実世界との接点を与えるのが「リアリティ」だ。

ぼくがフィクションを消費するとき、どこかしらにリアリテイを求めていると思う。小説や映画やドラマや漫画といった物語の中でいえば、なんかしらの情景とか、状況とか、設定とか、表情とか、心理描写とか、台詞まわしとか、とにかくどの要素でもいいのだけれど、強烈にリアリティを感じる部分があると、その世界に没入しやすくなる。

サバイバルホラー系の物語、レビューの欄に「リアリティがない」などと書かれていることがある。「この状況では、まず病気を心配するはずだ」とか、環境や状況の設計に対する苦言を見かけることがある。

ぼくはどうせ、壊滅的な被害を受けてしまった世界のことなんて詳細には想像できないので、そこんところのディティールにはそれほど意識が向かない。よっぽど「えっ…」という状況じゃない限り、割とすんなりとそのフィクションを受け入れ、受け入れた上で楽しむことにする。ぼくが気にするのは、もっぱら心理描写の方で、もし自分が登場人物たちと同じ状況におかれたらどんな言動になるだろう、とか、そういうことはよく考える。

その点、少女漫画ってのはよくて、舞台となる世界はぼくらが実際に生きている世界とほとんど同じで、人外の生物はあんまり出てこないし、地球外まで飛んでいって何かに取り組むこともないし、描かれるのは心理描写ばかりだから、自分に照らし合わせて考える機会がたくさんあって楽しい。そうやってのめり込んで消費している分だけ、相容れない恋愛観を持つ人物が物語のまんなかの近くにやってきたときには、途端に嫌悪感を抱いて、最悪の場合は読み進めるのを放棄し、絶命に至る。